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鳥取地方裁判所 昭和39年(行ウ)1号 判決 1965年2月26日

原告 福留隆吉 外四名

被告 中山町長

主文

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは、「被告が、昭和三九年一月、鳥取県西伯郡中山町役場位置を『新国道と旧国道との交差点から西三〇〇米の範囲内』と決定した処分はこれを取消す。被告は、合併協定たる『昭和三二年三月三一日の合体合併の庁舎位置については、当分の間現中山村役場を使用し、新築する場合は地方自治法第四条第二項に定める位置を選定する。』との精神を尊重して中山町条例を可及的速やかに制定せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因を次のとおり述べた。

一、鳥取県西伯郡中山町は、昭和三二年三月三一日元同県同郡逢坂村と元同県東伯郡中山村との合体合併により成立したものであるが、右合併前双方において協議協定した合併協定事項の一として「役場庁舎の位置について、役場庁舎は、当分の間中山村役場を使用し、新築する場合は地方自治法第四条第二項に定める位置を選定する。」旨協定した。

二、然るに、被告及び鳥取県知事は、その後に至り、「中山町役場新庁舎の位置について国道九号線の改修計画と睨み合せおおむね現庁舎位置若しくはその附近で交通の便良き所とする。」と変更したので、原告らは、昭和三六年一月二三日被告及び鳥取県知事を被告として鳥取地方裁判所昭和三六年(行)第一号県知事裁定並びに町議会決議無効確認請求事件の訴えを提起し、両村の合併は当初において対等合併であつたに拘らず、一方的に右協定を破棄して合併だけを認めることは合併の基礎的事実を失うに至りその変更をなし得ないと主張して抗争していたが、昭和三九年一月に至り、右事件の被告らにおいて合併協定事項を一方的に勝手に変更することは避くべきであるとの穏健的意見も出て、同月一三日、鳥取県知事の依頼によつて県会議員土谷栄一、同角田勇一、同竹中栄の仲裁斡旋により、原告らは、被告及び鳥取県知事との間に「中山町役場新庁舎の位置については、過去の行政上の一切の事件に関する紛争を白紙に還元し、合併協定たる『昭和三二年三月三一日の合体合併の庁舎位置について役場庁舎は当分の間現中山村役場を使用し、新築する場合は地方自治法第四条第二項に定める位置に選定する。』との精神を尊重して中山町条例を可及的速かに制定し、円満解決をするものとする。以上原告ら及び被告共了承の上連書を以て各一通を保管するものとし、右当事者間の昭和三六年(行)第一号知事裁定並びに町議会決議等無効確認請求事件につきこれが訴訟を昭和三九年一月一五日までに取下げるものとする。」旨の和解協定が締結され、右紛争は円満解決し、原告らは右訴えを取下げた。

三、然るに、被告は、右和解協定の履行をなさないのみか、昭和三九年一月一六日中山町役場の位置を「新、旧国道の交差点から西三〇〇米の範囲内」と決定した。そのことは、被告が中山町役場新庁舎の敷地にあてるため同町赤坂柴田寿治からその所有にかかる田二反三畝一七歩を金二三五万六、〇〇〇円にて買収処分したことで明らかである。

四、然るところ、本件決定は、次の点において違法である。即ち、

(一)  昭和三九年一月一三日原告らと被告との間に締結した前記和解協定に違反する。

(二)  町事務所の位置は、地方自治法第四条第一項により町条例により定めなければならないのにこれに関する町条例の制定なく、町役場の位置を定めた。

(三)  同法第二項によれば、町事務所の位置は住民の利用に最も便利であるように定めなければならないのに、本件決定による町役場の位置は、中山町の最も不便な位置にして、一部元下中山地区だけの便を考慮したもので、全く、元上中山地区及び逢坂村の住民は恩恵を受けず、被告自身のため一部住民の利益を計り一般住民との均衡を脱したものというべく、同法条に違反する。なお、同項に適合する位置は、下市駅前附近である。

(四)  民法第一二八条によれば、条件付法律行為の各当事者は、条件の成就未定の間においては条件の成就により生ずべき相手方の利益を害することを得ずとある以上、当然取り消さるべきである。

五、ところで、原告は、前記和解協定の履行を求めるものであるが、まず、被告がなした本件決定が取り消されない限り右和解協定の履行ができないので、これが取消しを求めるとともに、右和解協定の履行を求めるため本訴に及んだ次第である。

被告訴訟代現人は、本案前の抗弁として主文同旨の判決を求め、その理由を次のように述べた。

一、被告が本件決定をなしたことはなく、不存在の行政処分の取消しを求める訴は、失当として却下せられるべきである。のみならず原告らの本件決定の取消しの訴えが、行政事件訴訟法第三条第二項の取消しの訴えとすれば、三か月の出訴期間経過後の訴えであり、実体審理を受けるまでもなく不適法であり、又原告らは、中山町住民たる資格においてかかる訴えを提起し得る原告適格はなく、本訴はこの点においても不適法たるを免れず、何れも却下せらるべきである。

二、町条例は、地方自治法第一四九条により町長が町条例の議案を町議会に提出するか、又は同法第一一二条に基き法定数の町議会議員よりその旨の議案を提出して町議会の議に付し、その議決を経て同法第一六条所定の手続を践み、公布施行すべきものであり、中山町事務所の位置を定める町条例も亦右手続によつて制定、公布、施行されなければならないところ、原告ら主張の和解協定は、先に鳥取地方裁判所に係属した昭和三六年(行)第一号知事裁定並びに町議会決議無効確認請求事件を原告らが取下げるにあたり、中山町事務所の位置をなるべく早めるよう町条例を制定する旨の町行政運営上の一協定であつて、これにより、当事者が権利を得、又義務を負担することを約した民事上の和解ではなく、右により原告らが被告に対し、公法上の条例制定行為の強制履行を求めるための本訴は不適法である。

三、何れよりするも、原告らの訴えは、実体上の審理を受けるまでもなく、不適法として却下せらるべきである。

原告らは、被告の本案前の抗弁に対する答弁として「被告が本件決定をしたことは証拠上明らかであり、本件決定のあつたことを知つたのは昭和三九年五月頃であるから処分取消しの訴えの出訴期間を徒過しておらず、原告らは、本件決定により距離的に役場利用につき不便を生ずるから本件決定取消しの訴えを求める利益がある。」と述べた。

(証拠省略)

理由

一、まず、本件決定取消しの訴えについて判断するに、行政事件訴訟法第三条に規定する「処分の取消しの訴え」の対象となるものは、行政庁の公権力の行使に当たる行為であつて、しかもこれにより直接国民の権利義務に法律上の影響を及ぼすもののみに限られ、行政庁の公権力の行使であつてもそれにより直接国民の権利義務に法律上の影響を及ぼさないものは、右訴えの対象にならないというべきところ、本件決定は、弁論の全趣旨より原告らの権利義務に法律上の影響を及ぼすものでないこと明白であるから、本件決定は右「処分の取消しの訴え」の対象となし得ないものというべく、その余の点につき判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

二、次いで、原告らは、被告との間に締結した和解協定に基き、中山町事務所の位置を定める条例を制定せよと主張するので、これについて判断するに、地方自治法第四条第一項によれば、町事務所の位置を定めるには町条例でこれを定めなければならないと規定され、その町条例は、同法第一四九条により町長が町条例の議案を町議会に提出するか、又は同法第一一二条に基き町議会議員が、町議員の定数の八分の一以上の賛成を得て、町条例の議案を提出して町議会の議に付し、その議決を経て、同法第一六条所定の手続を践み、公布、施行すべきものであり、中山町役場を定める町条例も亦右各機関が、右法律の規定によつてなされるべき公法上の行為であり、当事者の合意によつて自由になし得ない公法上の法律関係であるから、これに関し契約の観念を容れる余地は全然あり得ないものであるから、原告らが、被告との間にその主張の如き和解協定を締結したとしても、右和解協定は、それが政治的または道義的意味を持つは格別、法律上の効果を生ずるに由なく、裁判上これが履行を求めることはできないから、右和解協定の履行を求める本件訴えは、権利保護の利益を欠き、不適法として却下さるべきである。

よつて、原告らの訴えはいずれも不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秋山正雄 鐘尾彰文 横山武男)

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